ブログと文才

便秘気味なので多めにコーヒーを淹れた。

コーヒーを飲むと便通がよくなるのは私だけではないと思う。

コーヒーを淹れながらふと考えた。

高校生のころ、

国語の教科書に載っている題材を読んで要旨を200字程度にまとめる、という課題があった。

新しい題材になるごとに課題は出され、私はこれが大嫌いであった。

国語の教科書というのは有名な文学やエッセイの一部分が抜粋されて載ることが多い。

抜粋とはいえ結構な量なので、これを200字にまとめるのは至難の技なのだ。

とにかく嫌いだったのでいつも適当に書いていた。

あるとき、題材が何だったか忘れてしまったのだが、

いつも以上に難解な題材で、大変にまとめ難く、いつも以上に適当に書いた。どうでもいいや、とにかく200字埋まれば、と思いながら書いた。

しかし待っていたのは驚く結果だった。

返却されてきた課題に先生の赤字で、

「よくまとまっています。文才があります。これからも文章を書いて磨きをかけてください」

と書いてあったのだ。

なぜこんな適当に書いたものがそんな評価を受けたのかと心底驚いた。

自分で読み返してみても、はっきり言ってどこにも文才を感じない。

先生が読み間違ったのか、先生にだけ響く何かがあったのか、もはやわからない。

けれど先生の言葉がとても嬉しかった。

課題はいつも返ってきたらすぐに捨てていたが、先生の赤字が入ったそれだけは、賞状の額縁に入れてその後10年くらい大事にとっておいた。

たまに見返しては勇気が出るような気がした。

その「文才がある」文章から15年、私はブログを書いている。

思うのはブログと文才のことだ。

文才とはなんだろう。

文章を書く才能というだけでなく、おもしろく惹きつける力、読ませる力、語彙力、まとめ方。

そのエッセンスはいろいろあると思うが、

なによりも

「その人らしさがにじみでる」

「飾らず、うそのない文章」

こそがブログには必要なんじゃないだろうか。

結局、ブログの内容云々よりも、文章から感じられる「ひととなり」「その人らしさ」に、人は集まってくるのではないだろうか。

顔の見えないブログというツールではあるけれど、

だからこそ文章はかざらず、嘘をつかず、

私らしさの伝わるまっすぐなものでありたい。

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